山に暮らせば

2017/08/30  【その1】夏の終わりに悲しい出来事が2つ。20年近くお世話になった平位剛先生が亡くなられたこと。平位先生の死は認めたくないといった気持ちだった。
もう1つは日本山岳会広島支部の3人が北海道・幌尻岳で亡くなるという事故。
 日本山岳会広島支部が出来たのは1998年、初代支部長が平位剛先生。平位先生は1969年広島大学医学部山岳会のアフガニスタン・西部カラコルム学術調査隊長。調査隊の中に現在の支部長・八幡浩先生もおられた。幌尻岳事故のニュースの中で苦渋の会見をしていたのが八幡先生だった。

 もう1つはワハーン回廊(アフガニスタンの東北部、北にタジキスタン、東に中国、南にパキスタン、インドに囲まれた盲腸のような形をした地域)紀行と写真集(ブログ2015年3月15日を参照ください)と2冊の本を出された平位剛先生の訃報だった。
 
 先生に個人的にお会いしたのは山岳会広島支部の立ち上げの翌年、1999年夏。職場だった中国新聞写真部に訪ねてこられた。先生は1999年から2011年の夏、ワハーン回廊へ計8回単独行されたが、帰国後のフィルムや画像データ処理はすべて任せてもらった。
 2000年夏、ワハーン回廊に行かれる前だったので撮影機材点検だった。そのとき言った「撮影された写真は見せてください」と言った一言が後の15年を可愛がってもえた原点だった。

 2000年夏の帰国後、現像の上がったポジフィルムを見て驚いた。ワハーン回廊とはアフガニスタンの東北部、北にタジキスタン、東に中国、南にパキスタン、インドに囲まれた盲腸のような形をした地域で全域を歩いたのは日本人では平位先生以外には知らない。入域するにはパキスタン→アフガニスタンから入るのだが、それさえ難しいのだ。
 私もたまたまパキスタン→アフガニスタンを取材した経験があったので厳しい自然の中で暮らす人々の生き生きした姿を撮影することの難しさは知っていた。
 「良い写真です。写真展をやりましょう」と先生に話し当時、八丁堀にあったINAX(イナックス)のギャラリーに話を持ち込み、突然の飛び込みなのに信じられないほどの対応をしてもらい1ヶ月間写真展を開かせてもらった。
 そして2003年に「禁断のアフガニスタン・パミール紀行」、2015年に写真集「ワハーン回廊」を出版へ続いた。
 先生は2冊目の写真集の色校正が出版社から届いた2015年2月7日の前日に倒れられて、お気に入りだった少女グルちゃんの表紙の完成本を手にすることなく今月24日、亡くなられた。

 1冊の本に作るのに5年以上費やしたのですから完成したらバンザイしましょう、との約束は果たせなかったですが
 先生ありがとうございました。ご冥福を祈ります。

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ワーハンでの取材で必ず被っておられた白い帽子。旧海軍艦内帽でしょうか。写真を見るたびに手放されなかった理由をさまざま想像します。



by konno_noboru | 2017-08-31 02:31 | Comments(1)

Commented by 山彦 at 2017-09-04 10:59 x
本当に惜しい方を亡くしてしまいました。アフガニスタンなどは普通の人が行けるような地域でなく、また医療関係で赴かれていたことにも頭が下がります。ご冥福をお祈り申し上げます。